東京都現代美術館で「自分の足元」を問う
研究開発のネタをアート/デザインの現場から探る(No.8)
「今までの人生で最も多く繰り返し訪れたミュージアムはどこか」と振り返るならば、私の場合、「東京都現代美術館」をおいて他にないでしょう。東京の東部に位置し、広く緑豊かな木場公園に隣接する東京都現代美術館では、開館した1995年以来、1945年...
2025/01/23
Posted on 2025/01/23
東京都現代美術館
「今までの人生で最も多く繰り返し訪れたミュージアムはどこか」と振り返るならば、私の場合、「東京都現代美術館」をおいて他にないでしょう。東京の東部に位置し、広く緑豊かな木場公園に隣接する東京都現代美術館では、開館した1995年以来、1945年以降の国内外の現代美術を体系的に研究、収集、保存、展示しています。現代を生きる私たちと同時代のアーティストによる作品を積極的に取り扱っているため、身近で接点を感じやすい展覧会が多い美術館といえます。
MOTアニュアル2024 こうふくのしま
東京都現代美術館では、「MOTアニュアル」という展覧会のシリーズを継続して開催しています。MOTアニュアルは、“異なる文化や表現領域が混合する空間としての東京に拠点を置く東京都現代美術館ならではの視点から、日本の若手作家の作品を中心に、現代美術の一側面を切り取り、問いかけや議論のはじまりを引き出すグループ展”です。開館4年目の1999年より開催されているのですが、当時、公立の美術館で同時代のアーティストを紹介する機会はまだそれほど多くはありませんでした。そこで、美術の新しい動きに焦点を当てたグループ展を毎年継続的に開催する企画として、MOTアニュアルが立ち上がりました。今では、東京都現代美術館を象徴する企画のひとつになっています。
MOTアニュアルの切り口は毎年変化し、2022年には「MOTアニュアル2022 私の正しさは誰かの悲しみあるいは憎しみ」、2023年には「MOTアニュアル2023 シナジー、創造と生成のあいだ」と、パンデミック・戦争やNFT・人工知能といった、社会的に注目が高いキーワードを彷彿させる副題がついています。美術の新しい動きを追いつつも、やはり「現代」美術であることから、日々私たちが向き合う事柄に近いものがテーマとして設定されることが多く、MOTアニュアルの20回目にあたる2024年は、「MOTアニュアル2024 こうふくのしま」と題され、“自分自身の足元が何によって形をなし、どこにつながっているのか”を問う内容になっています。
このMOTアニュアル2024では、東京都現代美術館で「今、新しい試みにチャレンジしていただきたいと考えた」アーティスト4名にフォーカスし、その表現に共通する特徴として浮かび上がった「それぞれの足元にある複雑で多義的な状況を個々の視点から見直し、足元を起点にしながらより大きな世界に開かれていること」から、私たちの足元を形づくる「しま/島」を切り口して展覧会を構成されたとのこと。
私たちと同じ時代を生きるアーティストが何を見つめているのか。今回はMOTアニュアル2024で紹介されたアーティスト4名のうち、2名のアーティストによる作品をご紹介します。
清水裕貴
MOTアニュアル2024の会場入ってすぐに、アーティスト・清水裕貴の展示エリアがありました。清水裕貴(1984年生まれ)は、“水にまつわる土地の歴史や伝承のリサーチをもとに、写真とテキストを織り合わせて物語を創作”するアーティストです。本展示は、中国の遼東半島にある大連の星海湾と日本の東京湾を舞台とした作品であり、近代、帝国に翻弄された大連を紐解きながら、ジャーナリスティックではなく、御伽話のように構築されていました。
展示をよくみると、大連の風景写真に挟まれて、ところどころに少し傷んだ東京から千葉にかけた臨海部の写真。なぜ傷んでいるかというと、フィルムを大連の海水に浸して感光層を損傷させているためです。大連・星海湾と日本・東京湾がつながり、重なっていたのです。
私にとって大連は、仕事で縁があり、知人もいる場所。そして大連がある遼東半島は、近代史の授業でも習った場所。幾度と接点はある。けれどどこか「離れた場所」であった大連が、清水裕貴の作品を介して、「つながった場所」になる感覚を得ました。
なお、作品展示エリアを過ぎたスペースにて、創作の元になった参考資料が紹介されていました。作品への理解を深めるとともに、直感や感情だけではない、研究者的なアーティストの一面にも触れられます。
臼井良平
さて、こちらの写真、街中にありそうな金網にペットボトルが刺さっているだけの光景に見えることかと思います。が、ペットボトルはプラスティックではなく、ガラスで作られたもの。こちらは日常風景ではなく、作品なのです。この作品の作家である臼井良平(1983年生まれ)は、“普段よく目にするプラスティック製品の形をガラスで精緻に再現し、既存のものと組み合わせることで無人称の風景を仮構する「PET(Portrait of Encounterd Things)」を制作”しているとのこと。この作品を見るまで感じなかったのですが、そもそも「街中にありそうな金網にペットボトルが刺さっているだけの光景」という表現、少し異常性がありますよね。よくよく考えれば「なんで金網にペットボトル刺さっているんだ」「誰だ、刺したのは」というツッコミが湧き上がってきます。
道端でカーブミラーにペットボトルが挟まっていても、おそらく今まで私は気にならなかったでしょう。人工物のペットボトルも、ありふれた石ころ程度にしか認識していませんでした。が、ペットボトルは自然に湧き出ないため、「誰か」が介在しているはずで、不自然なものです。そのような当たり前だけど忘れていたことを、本作品をみて思い出したのでした。
ついでに「道草」をする
さて、MOTアニュアル、そして同時開催のMOTコレクション展を鑑賞し、美術館併設レストランでランチまで堪能したので、いざ帰って別の仕事をしようとした私。出口に向かう途中、1階に設置されたパンフレット類が入ったボックスに、なにげなく目をやると「道草のすすめ」なるマップがありました。そのマップには、“「点 音」(おとだて)プレートの上で、耳を澄ましてみましょう。”という言葉とともに、東京都現代美術館敷地内のいたるところに置かれたプレートの場所と、そこに立つと感じられるであろうことが書かれていました。「これをやる時間はないな…」と及び腰の私に、マップに書かれた、制作作家の鈴木昭男によるコメントが突き刺さりました。“道草なることが、益々スピード化する現代において置き去りになってきているのを感じます。時々、深呼吸をするように耳澄ますことへ意識の切り替えをしてみたいものです。” …さっきまでの私はどうかしていたようです。「仕事より道草」と意識を切り替えた私は、気持ちあらたに敷地内をぷらぷらと歩き始めたのでした。
「足元」こそ「問い」である
閑話休題。MOTアニュアル2024の説明文の中に、日本という島について言及する部分があり、気に入っています。“この太平洋北西部の島々を、他の陸地から切り離されて海に浮かぶ「閉じられた地形」ではなく、地殻変動を経て海上に現れた地表の起伏であり、海底では他の大陸や島と地続きに連なる「開かれた地形」として捉え直すことは、水面下での見えざるつながりを確かめるための別の視座を提示します。” 一般的には日本は閉鎖された島国である前提で話が進められがちですが、多くのつながりをもちつつ一部海上に表出しただけとすると、見方が変わってきます。身近なことも、まだまだ問いがあるのだと、気付かされました。
「自分の足元」を見つめ直しに、東京都現代美術館に足を運んではいかがでしょうか。ついでに道草もお忘れなく。
- 展覧会名称
- MOTアニュアル2024 こうふくのしま
- 会期
- 2024年12月14日(土)- 2025年3月30日(日)
- 会場
- 東京都現代美術館
〒135-0022 東京都江東区三好4-1-1 - 開館時間
- 10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
- 休館日
- 月曜日(1月13日、2月24日は開館)、12月28日~1月1日、1月14日、2月25日
詳細は公式サイトをご確認ください。
八十雅世(やそ・まさよ)
情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー
早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。