富田 優氏

先端技術の「夢」と「現実」をつなぐ
超電導送電で営業列車を走らせる研究者(富田 優・鉄道総合研究所)

ODAIBA IX Core/Industrial Transformation(IX)Leaders
産業技術を変革するリーダーたち(No.2)

一般人にとっては、ずっと未来のことのように思える技術がある。ある条件の下で電気抵抗がゼロになる超電導も、そうした未来の夢の技術の1つに分類されそうだ。その超電導の研究開発に鉄道総合技術研究所で長年取り組んでいるのが富田 優氏だ。...

2024/10/17

Posted on 2024/10/17

一般人にとっては、ずっと未来のことのように思える技術がある。ある条件の下で電気抵抗がゼロになる超電導も、そうした未来の夢の技術の1つに分類されそうだ。その超電導の研究開発に鉄道総合技術研究所で長年取り組んでいるのが富田 優氏だ。まだ将来の夢であるリニア中央新幹線への超電導磁石技術の提供だけでなく、営業運転をしている民間鉄道に超電導送電技術を適用した運用検証にこぎつけた。先端技術と現実の課題解決をつなぐ研究者の取り組みについて富田氏に尋ねた。

「超電導」の技術を使って、鉄道の送電システムの損失をなくす。伊豆箱根鉄道駿豆線で始まった世界初の運用検証のニュースが飛び交ったのは2024年3月のことだった。一定の温度以下で電気抵抗がゼロになる超電導現象を利用した超電導送電により、変電所の数の減少や節電の効果に期待する。この技術を開発したのが、鉄道総合技術研究所(鉄道総研)である。

鉄道総研で超電導関連の研究を続けてきた浮上式鉄道技術研究部長の富田 優氏は、「超電導は、一時期大きな話題になりましたが、最近はどうなったのかと思っている方も少なくないでしょう。今回、マイナス196℃の液体窒素を使って冷却する高温超電導を、伊豆箱根鉄道の営業運転の電力供給に利用しました。3月の現地公開では、約30人の記者にテレビカメラも入る盛況ぶりでした。こうした取り組みを他の鉄道事業者にも広げていきたいです」と語る。

超電導に関しては、1980年代から90年代の高温超電導ブームの記憶がある読者も少なくないだろう。一方でその後は大きな話題になることも減ってしまった。もちろん、リニア中央新幹線は中核技術として超電導磁石を利用するが、基本的な技術開発は終わっており、一方で実用化は2034年以降と遠い。そうした中で、「今日も営業運転をしている伊豆箱根鉄道で、高温超電導を使って電車を走らせています。超電導は夢物語ではなく、世の中の役に立つことを私が元気なうちに伝えなければならないと感じています」と富田氏は語る。超電導は、公共交通機関にとって「いつか」実現する「夢の」技術ではないのだ。

富田 優氏

リニア向けの超電導からネイチャーに掲載される技術開発へ

鉄道総研で一貫して超電導の研究開発を続けてきた富田氏は、当時リニアモーターカーの走行設備として設けられていた宮崎実験線に出向いて、超電導磁石の実用化に向けた取り組みを続けてきた。その後、1996年に山梨実験センターが開設されると、ヘリウムで冷却する環境を維持するクライオスタットなどの冷却システムや超電導磁石が、実際の走行の揺れなどに対応できるかといった現場での検証に移った。「今は営業開始へ向け基本形ができており、直接の開発からは手が離れた状態です。それでも、必要課題があれば山梨実験線に出向きます。基礎研究と現場の出口との間を結ぶ研究開発は不可欠だからです」(富田氏)。

富田氏自身は、リニアモーターカーへの超電導磁石の導入の目処が立ったのちに、超電導工学研究所という超電導専門の研究機関に出向することになった。「鉄道総研とメーカーなどが出資し合って作った研究所です。ここに送り込まれて高温超電導の研究をすることになりました」(富田氏)。

富田 優氏

ここで、富田氏は1つの視座を得たようだ。「超電導工学研究所には、各社から超電導の研究者が集まっていました。高温超電導を実現する物質を作るためには、様々な素材を混ぜて焼いて実験するのですが、その中核技術となる粉混ぜが上手な人は大勢いました。私は出向で数年経てば鉄道総研に戻ります。粉混ぜでエキスパートと戦っても私自身が役に立ちそうにもなく、研究のどこか、すき間の領域で貢献できないかと探しました」(富田氏)。

そのすき間というのが、高温超電導物質の耐久性の確保だった。多くの研究者は高温超電導の性能を高める物質を作ろうとしていて、うまくいかなかったら捨ててしまう。富田氏は、その廃棄されたサンプルを集めて測定していたときに、ひらめいた。「性能を高めるためには、高温超電導物質を焼成して温度を下げながら結晶成長させるときに、マイクロクラックが入らないようにする必要があります。研究者の皆さんはクラックが入らない素材を作ろうとしていますが、なかなか完全に無しとまではいかず、難しさがあります。私はクラックが製造後に残存するものと仮定し、それを伸延させない技術を開発しようと考えました」

具体的には、クラックが入る部分に粘性の低いエポキシ系樹脂を入れて真空で含浸する。クラック部分に樹脂が入ることで、超電導の内部電流から発生する電磁力による更なるクラック進展を抑え、超電導体内の電流パスのルートが保持できる。この電流の大きさは超電導磁石の能力を示す発生磁場値となる。富田氏は、「2~3年の出向期間で実現できるなと思って研究を始めました。研究はうまく進み、超電導の特性向上が得られることがわかってきました。出向後には、極めて高い磁場発生の研究へと更に進み、それまでの樹脂に加え融点の低い金属を含侵材として取り入れました。超電導体内部の微小な発熱元を熱電導性の高い金属で取り除ける効果があるがあるからです。当時の学会では、主流トレンドの研究とは異なるため、突飛で比較評価も難しかったように感じます。そんな中、英国科学誌『nature』に投稿してみることにしました」と語る。

高温超電導体の耐久性改善と高磁場発生時の内部微小発熱の抑制により、当時、高温超電導磁石として世界最高である17テスラを超える磁場を捕捉することに成功し、そのオリジナリティが重視されnature誌は飛びついてくれた。限られた期間での自分の役割を探して、すき間の領域を追求していった矢先、「鉄道総研の研究成果がnature誌で公表されることとなり、周囲は騒めきました」と富田氏が語るような成果につながった。

基礎研究と産業応用の間をつなぐ技術者になる

その後、富田氏は米大学の研究機関からの招聘で、3年間にわたり高温超電導の研究を進める。さらに帰国して鉄道総研に復帰してからは、鉄道システムへの高温超電導の活用の仕方を研究するようになった。高温超電導の材料研究から、鉄道で使えるシステムへの高温超電導の生かし方に研究の中心がシフトしていった。

高温超電導のような分野では、材料などの基礎研究をする研究者と、出口に近い産業への応用を研究する研究者の両極端に分かれがちだ。富田氏は、「間をつなぐ研究者がいません」と指摘する。基礎研究から応用まで通しで取り組もうとする研究者が少ないのだ。そうした中で、「鉄道総研では、応用研究をやっていても基礎研究に戻ることもあります。それぞれが分解されていてはできない、重要な技術の「間」を生きているうちに埋めていきたいと考えるようになりました」と語る。

富田氏は、元々特殊な研究者だったのかもしれない。高温超電導の基礎研究を行い、材料を作ることも分析することも可能だ。その上でそれらを評価して、実際のシステムに落とし込む現場もリニア中央新幹線の研究開発で体験してきた。システムとして超電導を活用するには、動かす機器や環境も含めて作らなければならないが、応用やアプリケーションにまで目を向けられる研究者は数少なく、富田氏はその位置にあった。

「伊豆箱根鉄道で運用検証を始めた超電導送電では、例えば高温超電導の素材だけがあってもだめです。素材を線材にした上で、液体窒素で冷やす入れ物も用意しなければなりません。そのための真空断熱管が必要ですが、日本には技術がありませんでした。古い記録を追いかけると20年前にドイツ製の真空断熱管製造機器を大分の会社に売ったというメモがありました。この機器を見つけて改良することで、液体窒素の真空断熱管を国内で製造することに成功しました」(富田氏)。

制約を乗り越えて、システムとして使えるようにするための足になり手になり、富田氏は動いた。鉄道総研の敷地内には、冷却システムや真空断熱管の試作の歴史が数多く横たわっている。特殊な「点」だけの研究ではなく、最終的に目的とする応用やアプリケーションに向けてシステムを構成する視点を持っているからこそ、点と点をつなぐ総合的な研究の成果が得られるのだろう。

鉄道総合研究所

先端技術を現実的な課題解決に使うことの意味

幅広い視点とゴールへの執念を持つ富田氏に、ここで移動体通信の5G(第5世代移動通信システム)と鉄道の関係について尋ねてみた。富田氏は通信関係はあまり詳しくないとしながらも「ITの世界は花形であり、研究費も潤沢にあり、目利きのある人が研究開発に取り組んでいるイメージです。鉄道の通信でも、新しいものを取り入れていこうという意欲はあります。超電導送電の運用検証をしている伊豆箱根鉄道でも、現場から総合指令所に情報を連携するシステムがあります。現在は古い仕組みで通信していますが、5Gを上手く取り入れることで新しい仕組みに変えることができるかもしれません」と思いを語る。

超電導と5Gについて、富田氏は共通項に感じる点があるという。「超電導は、すごい技術だけれど、今すぐ利用できるものではないというイメージがあります。しかし、伊豆箱根鉄道で始めたように、上手に使えば現在の民間鉄道の送電の課題を解決するツールになります。5Gも門外漢からするととても高級で未来のものだと感じてしまいますが、もっとこんなことに使えるという応用範囲は広いのだと思います。いずれも、特別な場面で使うことだけが普及の道と考えるのではなく、今すぐに現場で価値を生み出す方法を考えることができそうです」(富田氏)。

富田氏は「野望として、超電導をこれからも広めなければならないと思っています。何と言っても鉄道関係者ですら、超電導はリニアなどに使う特殊で高級なものであり、将来の夢の技術だと考えています。実はそんなことはなくて、鉄車輪の在来線でも超電導が課題解決の役に立つのです。伊豆箱根鉄道の例のように、チャンスやきっかけはつかめています」と続ける。

実際、伊豆箱根鉄道で超電導送電を実施してよかったと感じていると語る富田氏。「民鉄関係で集まりがあって、伊豆箱根鉄道でできるならウチでもできるのではという声が聞こえてきました。伊豆箱根鉄道でも、新聞の一面に載るなんてと大喜びしています。超電導は未来の夢の技術ではなく、地域鉄道を盛り上げる効果があるリアルな技術なのです」(富田氏)。超電導を専門にする研究者として、natureに論文が掲載された実績がある富田氏だが、その目の向く先は私たちの街の鉄道の課題解決や地域活性化にピタリと照準が合っているようだ。

富田 優氏
鉄道総合技術研究所 浮上式鉄道技術研究部長 富田 優氏

1994年 鉄道総研 浮上式鉄道開発本部 山梨リニア実験線建設プロジェクトチーム、1998年超電導工学研究所、2004年 マサチューセッツ工科大学(MIT)(在籍~2007年)、2008年 鉄道総研 超電導応用研究室長、2013年 同 研究開発推進部担当部長、2021年より現職。これまで、新エネルギー・産業技術総合開発機構フェロー(エネルギー・水素戦略)、横浜国立大学客員教授、九州工業大学客員教授など兼任。学位 修士:社会学(一橋大学)情報工学(九州工業大学)、博士:工学(東京大学)

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