最先端テクノロジーの新しい見方にICCで出会う
研究開発のネタをアート/デザインの現場から探る(No.3)
東京・初台には、新国立劇場や文化複合施設である東京オペラシティがあり、芸術色が強い地域です。その一角、東京オペラシティタワーにあるのが、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](以下、ICC)。ICCは、日本の電話事業100周...
2024/08/01
Posted on 2024/08/01
東京・初台には、新国立劇場や文化複合施設である東京オペラシティがあり、芸術色が強い地域です。その一角、東京オペラシティタワーにあるのが、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](以下、ICC)。ICCは、日本の電話事業100周年(1990年)の記念事業として1997年にオープンした、NTT東日本が運営する文化施設です。最先端テクノロジーを使ったアート作品を多く取り扱っており、“「コミュニケーション」というテーマを軸に科学技術と芸術文化の対話を促進し,豊かな未来社会を構想していきたい”(ICC公式サイト)としています。
ICC アニュアル 2024 とても近い遠さ
このICCで2024年6月22日(土)〜11月10日(日)まで開催されているのが、「ICC アニュアル 2024 とても近い遠さ」。「とても近い遠さ」という一見矛盾する副題が大変気になる展覧会です。なぜこれをテーマに選んだのかしら…ということで、ICCにインタビューに行ってまいりました。
オンライン・ミーティングで知る「やっぱり遠くにいること」
インタビューを受けてくださったのは、ICC 主任学芸員の畠中 実氏。近年、特にコロナ禍以降のICCの取り組みを伺いながら、話題は本展のテーマ「とても近い遠さ」へ。実は、本テーマの出発点になったのは、コロナ禍で一般的になった「オンライン・ミーティングなどで感じる相手との距離」でした。コロナ禍で人と直接会うことが叶わず、ZoomといったWeb会議ツールを利用してミーティングを開催した方は、少なくないでしょう。テクノロジーのおかげで、遠くに離れていても、対面で会えなくても、あたかも傍にいるような気分を味わえる。ただ、実際に会って話すのとは圧倒的に違う感覚。まさに「とても近い遠さ」を、私たちは長く続いたコロナ禍で経験してきました。畠中氏は、“今技術的には何でもここに現前させることができるけれど、「<実際にはここに存在していないという前提>を皆共有している」というのが今の僕らの認識”と言います。
本展では、この「遠近」をキーワードにして、それに紐づきながらも多様な作品が集められているのです。その一部をご紹介しましょう。
変わる時間と空間軸:古澤龍《Mid Tide #3》
大型有機ELディスプレイ3台に映し出される海景。一見よくある情景ですが、注視するとどことなく違和感を覚えることでしょう。実はこちらの作品、長時間、定位置で撮影された映像データを、空間や時間軸を様々に操作し変化させています。具体的にどのような操作をしているかは、作品対面に設置されたモニターに投影されています。1つの映像素材をもとにしながら、空間がねじれたような、時間が圧縮されたような、空間と時間をつなげて操作したこの映像作品には、独特の浮遊感が漂います。
時空を超えた協奏:木藤遼太《M.81の骨格—82番目のポートレイト》
ICCには、部屋全体が音の反響を吸収する素材で囲まれた無響室があります。この部屋に入ると、音が響かないためか距離感が掴みづらく、自分の体積ピッタリの箱に押し込められたような感覚になります。この不可思議な部屋に設置されたのが、こちらの作品。規則正しく並んだ黒い装置はスピーカーで、耳を近づけるとそれぞれが異なるモーリス・ラヴェル作曲「ボレロ」を奏でています。なんとこの「ボレロ」、81種類の異なる演奏音源を小節ごとに分割した上で、重複なく組み合わせ、さらにその中から54のパターンを抽出し、同時に再生しているというのです。同じ曲、同じ音源だったものが分解されて、再構築されることで「ボレロ」がぼんやりとした、「ボレロ」の印象だけが聴き取れる、新たなものになっていました。
3D空間と現実:リー・イーファン《すみません,これどうやったらオンになりますか》
本作品では、3Dアヴァターが映像制作技術を解説するような体で、ブラックユーモアをまじえた考察を一人語りします。最初この映像を見た際、展示部屋と映像自体のほの暗さもあって「このほぼ全裸の人がアーティスト本人?!」と衝撃を受けたのですが、よくよく見ると身体が変な方向に捻じれたり浮遊したりと様子がおかしいので、3Dアヴァターなのだと少し時間をかけて理解しました。とてもリアリティがあるけれど、現実ではない。3D空間と現実の差をあらためて感じさせてくれます。
今ここには無いものが在る:ウィニー・スーン《Unerasable Characters II》
壁の巨大スクリーンに現れた、中国語とおぼしき文字の羅列。こちらの作品は、香港大学で開発されたデータ収集・可視化プロジェクト「Weiboscope」を通じて集めた、中国最大のソーシャルメディア・プラットフォームのひとつである微博(Weibo)で削除された投稿を元にした作品群、「Unerasable Characters(消せない文字)」シリーズの1つです。ひとマスごとに別々の投稿が割り当てられ、それが投稿されてから削除されるまでの期間と同じだけ表示されているとのこと。そのため投稿内容を知ることは難しいのですが、「この量の言葉が消されていたのだな」という実感を得られます。社会一般としては無くなった言葉が、この作品の中には在りました。
悩んだら ICCアニュアルへ
このように、ICCでは最新技術、アートさらには社会との関係にも踏み込んで、新たな見方を提起する展覧会が開催されています。そして、今回取り上げたような映像や音による作品が多いため、現地に足を運んで体感することを強くおすすめします。
なお、ICCの展覧会は大別して3種類あり、まず今回紹介した「ICC アニュアル 2024 とても近い遠さ」が含まれる長期展示シリーズ「ICCアニュアル」、次に企画展、そして夏休み期間に開催されるキッズ・プログラムが挙げられます。なかでもICCアニュアルは、幅広いアーティスト・作品を取り扱う傾向にあるため、多様な出会いの可能性があります。もちろん、企画展でもキッズ・プログラムでも、興味があるならばどの展覧会を選んで行っても構いません。ただ悩んでいるようでしたら、ICCアニュアルから始めてはいかがでしょうか。
“新時代の科学と芸術の流れ”を感じ取りにいこう
ICC公式サイトには、“ICCにひとりでも多くの方が訪れ,先進的なアーティストの活動に出会い,交流することによって新時代の科学と芸術の流れを感じ取っていただくことを願っております.”とあります。ぜひ、リサーチャ、エンジニアの皆さんも、感じ取ってきてください。
- イベント名称
- ICC アニュアル 2024 とても近い遠さ
- 会場
- NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーB,シアター
- 休館日
- 月曜日(月曜日が祝休日の場合は翌日)、保守点検日(8/4[日])
- 開館時間
- 11:00 – 18:00 (入場は17:30まで)
八十雅世(やそ・まさよ)
情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー
早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。