藤本幸一郎・日本電気株式会社

ローカル5Gと量子アニーリングが導くライブに変更可能な工場の姿(藤本幸一郎・日本電気株式会社)
-XGMFミリ波普及推進ワークショップ/日本の産業技術最前線レポート

今回はNEC、NTT東日本、東京大学からスピーカーが登壇して議論を交わした。前編のレポートでは、NEC デジタルネットワーク統括部・上席事業主幹、テクノロジー・エバンジェリスト 藤本幸一郎氏の講演の様子を報告する。...

2024/06/27

Posted on 2024/06/27

「量子アニーリングと5Gで工場がライブに生まれ変わる」という製造業にとって刺激的なテーマで議論が進められたのは、2024年4月に開催された「日本の産業技術最前線 Vol.5」でのこと。XGモバイル推進フォーラム(XGMF)が主催するミリ波推進ワークショップであり、今回はNEC、NTT東日本、東京大学からスピーカーが登壇して議論を交わした。前編のレポートでは、NEC デジタルネットワーク統括部・上席事業主幹、テクノロジー・エバンジェリスト 藤本幸一郎氏の講演の様子を報告する。

5G(第5世代移動通信システム)の原点では、モバイルの携帯電話を高度化させるだけではなく、眼の前のモノが無線化してインターネットにつながって享受している幸せを拡大しようという考え方がありました。一方で5Gの展開を始める当時、私が感じたことは「無線の自由化、民主化」をしなければならないということでした。東京大学の中尾先生(編注:今回のセッションに登壇した東京大学大学院教授の中尾彰宏氏)とも、自由化、民主化の観点で意気投合しました。当時は、民間では無線が自由に使えなかったのです。技術だけでなく、横たわっている制度の問題や、ビジネスとして成立させるための社会的意義を組み合わせる必要がありました。これこそがローカル5Gの意義だと感じています。

ローカル5Gを実用段階に進めるために

通信事業者だけでなく、民間でも自前の5Gネットワークを構築できるローカル5Gは、地域社会への貢献、産業向けのDX(デジタル変革)の2つの軸で推進してきました。総務省の肝いりで実証実験も数多く行っています。しかし、正直なところをいうと、うまくいってはいないのです。

それはなぜでしょうか。DXは本当に期待されていますが、ローカル5Gがくっついただけで普及するのかという問題があります。工場の生産を良くしたい人にとって、DXは不可欠でも5Gでなければいけない理由はありません。そこにはローカル5Gのキラーコンテンツが必要なのですが、実証実験を見ていてもしかめ面で取り組んでいる印象です。何ごとも「楽しんでやっているか?」ということがキラーコンテンツにつながるのではないでしょうか。

そうした中で、NPO法人ブロードバンド・アソシエーション(BA)傘下のローカル5G普及研究会では、ローカル5Gに楽しんで取り組める環境を用意したいと考えました。2019年に計画が始まり、2020年に活動がスタートしました。紆余曲折を経て、ようやく2022年7月に、NTT東日本で第1回の研究会を開催できました。第2回は中尾先生の東大、第3回は私たちのNECで開催しました。2024年1月に開催した第3回では、映像を使ったり、ロボットを動かしたりというローカル5Gのソリューションを、実際に映像やロボットをビジネスにしている人たちと一緒に検証できるようになりました。そこでは、楽しいことをやりたい人が来て、ちゃんと遊べているのです。やっとそういう段階まで来たのだと思いました。

岡本浩(東京電力パワーグリッド)

スポーツ中継から展示会インフラ、工場までビジネス化を推進

ローカル5Gを使って様々なことができることは知られてきましたが、実際にビジネス化するのは大変です。工場でもデータセンターでも、建設、電力、鉄道、教育、医療でも、これまでのローカル5Gの導入事例は、ほとんど本番ではありません。総務省の予算で実証実験を行ってきた段階から先に進まないのです。現実問題として、コストをペイできないことがあります。コストがかかるから工場全部に入らないし、建設会社でも誰もが使えるようにはならないのです。この壁を乗り越えることが課題でした。

NECでは、壁を乗り越えるためのキーワードとして、「遊ぼう」を掲げました。数年前からテーマをエンタメに定めて事業開発をしてきたのです。NECのうちのオフィスのフロアはローカル5G化されているので、端末があれば遊べる状況ではあるのですが、実際には必要性が高くないからあまり使われていません。

一方で、NECには社会人のバレーボールとラグビーのチームがあります。これらの試合で360度映像が見られたりドローンの空撮があったりしたら面白いねと思ったら、基地局を設置してみます。また女子プロゴルフもスポンサーしているので、押しかけて基地局を設置したら顔認証をクラウド経由でできるな、などと思うわけです。普段は100人しか来ないゴルフ上に1万人来たら通信事業者のモバイル回線だけでは容量が足りなくなる可能性もありますが、ローカル5GのSIMを挿せば映像伝送できるのではという考えに至ります。

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実際、ゴルフ場では映像中継に問題がありました。広いエリアで中継するために何十kmとカメラケーブルを引き回していますが、年に1回しか使わないわけです。それでは無線を使おうとしても広すぎてWi-Fiでは届かない。そうしたときにローカル5Gをライブのネットワークに使って、リアルタイムでエンコーディングしたデータを中継してレイブの有料放送のインフラに使うといったビジネス化事例を生み出しています。

2つ目のビジネス化事例として、展示会場で5Gの無線アクセスサービスも提供しています。展示会場の出展者が通信回線を必要としたら、主催者が自前で用意しなくても、展示会場から端末を借りてすぐに使えるというものです。現場でのインターネットアクセスを工事レスで使えます。展示会場やコンベンションセンター、コンサートホールなどで、将来的には当たり前のインフラになるのではないでしょうか。

ビジネス化事例の3番目として、(社内の事例ですが)工場をライブにしてビジネス化しています。製造業の人の部分やリモート監視など、いままでできなかった新しいユースケースで、2020年から甲府工場にローカル5Gを実装して試してきました。2023年に稼働を開始した静岡県掛川市の工場は、全フロアにローカル5Gを使うことを前提にして、自動搬送システムとして実装していいます。

これまではWi-Fi経由で命令されたままに走行するAGV(無人搬送車)を使って搬送作業をしながら、人間が小さい部品などは手押しのカートで持ち運んでいました。これを完全に自律制御で動くAMR(自律走行搬送ロボット)に置き換えて無人化しました。状況が変わると行きたいところに自律的に行きますし、センチメートル単位の細かい制御も可能です。映像を常にクラウドに上げながら、状況を把握してマップ化しているのです。ロボットの稼働部分だけデジタルツイン化された初歩的な部分ではありますが、工場をライブにしていく第一歩なのかなと考えています。ローカル5Gで緻密な制御をする基盤が整ってきたのです。

量子アニーリングを頭脳にして工場をライブ変更可能に

ローカル5Gでデジタルツインの基盤ができることで、このセッションのテーマである「量子アニーリングと5Gで、工場がライブに生まれ変わる」につながってきます。まず、アニーリングマシンとは何かを簡単に説明しましょう。NECでは量子コンピュータとして量子アニーリングマシンを開発提供しています。

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アニーリングマシンというのは、組み合わせの最適化問題を解いてくれるマシンのことです。これまで匠が頭の中の経験と勘で上手くいく方法を考えていたようなこと解くのが得意です。例えば、引っ越しのダンボールをトラックにどう詰めるとうまく積めるかといった問題です。最適化問題は、順番決め、配送計画、運送会社のトラックのスケジュール、相乗りスケジューリング、鉄道ダイヤ修正、マッチング、リソース配分など現実社会にたくさんあります。もし今後、匠がいなくなったらという前提にして、工場に適用したらどうなるかを考えるのです。

製造現場の実用事例として、NECグループのNECプラットフォームズでの例を紹介します。製造現場の生産計画立案システムの事例です。このシステムはまだローカル5Gには乗っていなくて、これから対応を進めていくところです。

さて、工場の話がどうなるかを見てください。AIは、何をどれだけ作るべきかを今までの経験から提示します。一方で量子アニーリングは、どの順番で製品を加工すべきか、複数のラインでどう組み合わせて製品を流すべきかといった複雑系の問題を解きます。締め切りに合わせた生産計画は、量子アニーリングで解くことでちゃんとしたものが出来上がります。これまで熟練の匠が工場のラインを工夫して組み替えてやって1時間かかった計画立案が、アニーリングマシンなら数秒でできます。工場をリアルタイムにライブで変更したいというニーズには、アニーリングマシンが適しているのです。このスコープを拡大して、複数のラインに広げることで工場全体がライブに生まれ変わるわけです。

NECはベクトルアニーリングサービスも提供しているので、量子アニーリングの脳みその部分はクラウドで借りてもらうこともできます。工場を持っていて自分たちとしてもお客さまに価値提案しているNECとして、今後は即日納期回答できればとても幸せなことだと考えています。納期回答が遅れて怒られることはよくあり、機会損失につながっています。工場がビジネスのツールになるためには、即日納期回答ができるように、リアルタイムに物事を変えられるライブな機械であることが求められるのです。

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営業が大量な受注を入れられるのかと問われたとき、アニーリングマシンで最適化問題を解き、ローカル5Gを使ってデジタルツイン化した工場を制御することで、「3日でできます」とすぐに答えられれば、お客さまにも価値を提供できます。5Gやローカル5Gだけでなく、Beyond 5Gや6GなどのXGを使い、リアルとサイバーが融合していけば、時代はライブデジタルツインへと移り変わります。そうなれば、工場はもちろん。街中までがDXのライブトランスフォーメーションの会場になると考えています。

藤本 幸一郎(ふじもと・こういちろう)
藤本 幸一郎(ふじもと・こういちろう)
日本電気株式会社 エアロスペース事業部門・衛星コンステレーション事業開発室 上席事業主幹/テクノロジー・エバンジェリスト

1993年NEC入社。黎明期のインターネット関連事業領域の開拓として、研究開発や標準化推進、新事業開拓に従事。2002年から2008年はNECアメリカ社に駐在しシリコンバレーでの技術開発、ベンチャー企業との連携に従事。帰任後は経営企画部/事業開発においてスマートグリッド、MVNO、SDN、NFV等の推進に取り組む。2024年4月から現職(講演時は、デジタルネットワーク統括部・上席事業主幹)

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