「三鷹天命反転住宅(In Memory of Helen Keller)」で身体を通じて自分の常識に向き合う

「三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller」で身体を通じて自分の常識に向き合う
研究開発のネタをアート/デザインの現場から探る(No.2)

東京・三鷹、JR中央線の武蔵境駅南口よりバスで約10分、国立天文台にほど近い住宅街で異彩を放つ集合住宅が、「三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller」(以下、三鷹天命反転住宅)。2005年に完成した、芸術家/建築...

2024/06/21

Posted on 2024/06/21

東京・三鷹、JR中央線の武蔵境駅南口よりバスで約10分、国立天文台にほど近い住宅街で異彩を放つ集合住宅が、「三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller」(以下、三鷹天命反転住宅)。2005年に完成した、芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによる作品です。カラフルかつ幾何学的な構造体が積み重なった様相は、一般的な住宅のそれとはかけ離れていますが、なんと、実際に住めるのです。建物は賃貸住宅として利用されているほか、宿泊、テレワーク、そして見学会に使われ、住民でなくとも作品を体験できるようにプログラムが組まれています。

そこで今回は、三鷹天命反転住宅で毎月不定期開催されている「建物見学会」に参加してきました。

芸術作品を「自宅」だと思って体感する

建物見学会でははじめに、他の申込者の方と一緒に三鷹天命反転住宅の一室に案内されました。玄関を入るとすぐ、外装同様にカラフルな内装と、凸凹の床がお迎えしてくれます。床はザラっとした質感で、「しまった、ストッキングを履いている…伝線するか?!」と、ひとり足の置き場がおぼつかない私。(注:実は使い捨てスリッパのご用意があったそうで、いただけばよかった…)それはさておき、学芸担当の方によるレクチャーが始まります。

荒川修作+マドリン・ギンズとその作品についてひととおり説明が終わった後、学芸担当の方から1つお願いがありました。「ここを自宅だと思ってください」「ここに住んでいるとしたらどうなのかな。何が便利かな。何が不便かな。そんなことを考えてください」

かなり昔、アートの鑑賞方法として「仮にそれを自宅のリビングに置くとしたら、と考えてみるのが良い」と聞いたことがあります。この三鷹天命反転住宅を自宅と考えるのも、まさにそれ。作品を「作品」として一線を引くのではなく、自分のテリトリー内にあると捉えることで、一層真摯に向き合えます。最近体験型の美術館が増えてきましたが、ここまで生活密着型の作品はそうありません。

身体の使い方を家が教えてくれる

「どの部屋で寝ようかな」「斜面が多いけど収納はどうすれば?」など考えながら、凸凹で傾斜のある床上を回遊していると、学芸担当の方が「家という環境側が身体の使い方を教えてくれる、そんなことを目指してこの凸凹は作られています」と教えてくれました。なるほど、確かにこの三鷹天命反転住宅は、通常の家では行わない動きを強いられます。凸凹な床を歩くことはもちろんのこと、ただ荷物をしまうだけでも(どんな収納方法かは実際に行ってからのお楽しみ)非日常なのです。少なくとも、私のようなパソコンがお友達のデスクワーカーにとっては、いかに日常が決まりきった動作で構成されているかが身に沁みます。

あらゆる知覚を家が刺激してくる、なんとも不思議な感覚。三鷹天命反転住宅公式サイトでは、次のように書かれています。
“私たち一人一人の身体はすべて異なっており、日々変化するものでもあります。与えられた環境・条件をあたりまえと思わずにちょっと過ごしてみるだけで、今まで不可能と思われていたことが可能になるかもしれない=天命反転が可能になる、ということでもあります。”

三鷹天命反転住宅の「使用法」

見学会終盤に手渡されたパンフレットには、三鷹天命反転住宅の「使用法」が書かれていました。
“床を構成するパネルの1つ1つを、ピアノの鍵盤、オルガンの鍵盤、木琴、あるいは小さな太鼓と見なしましょう。”
“少なくとも1日1回は、真っ暗にした住戸のなかをぶらぶらと歩いてみましょう。”
“すべての部屋を、自分自身のように、自分というものの延長のように扱いましょう。”

「この使用法に則ったら何か違う感覚が芽生えるかな」なんて32個にもなる使用法を読み進めると、最後には「つづく」の文字。「この続きは皆さんで作って完成させてください」という意味とのことです。

そういえば、子どもの見学者の方が、まるで馴染みの公園のように三鷹天命反転住宅を楽しんでいました。子どもたちは自分たちなりの「使用法」をその場で開発してしまうのです。

あなたは住みたいかどうか、それはなぜか

取材を終えて、私自身は「こんな家に一回でいいから住んでみたい!」と思う一方、同行カメラマンは「絶対住めない」とのこと。意見が異なるのは、それぞれの考えや常識、例えば何に心地よさを感じるか、住居に求めるものなどが違う結果ですからやむを得ません。重要なことは、「住みたい/住みたくない」の深奥、「それはなぜか?」を突き詰めることなのだと思います。そうすると、今まで気づいていなかった自分の根底が見えてくる、かもしれません。

まずは建物見学会に行こう

三鷹天命反転住宅が気になった方は、まず建物見学会に参加してみましょう。建物見学会では様々なことを教えていただいたのですが、実際に行って体験した上で知った方がよいと思い、かなりの部分を伏せています。ぜひ現地で詳しく話を聞いてみてください。
そして気に入れば、テレワークルームや会議室として使えるテレワークプランに申し込んではいかがでしょうか。いつもとは変わった環境で、研究開発のネタが生み出されるかもしれません。さらに、3泊4日のショートステイプログラムも用意されています。

なお、荒川修作+マドリン・ギンズの作品は、岐阜の養老天命反転地や、岡山の奈義町現代美術館でも体験できます。

とりあえず、動きやすい服装で行くとよいでしょう。身体すべてで作品を感じてください。

名称
三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー
住所
〒181-0015 東京都三鷹市大沢2-2-8
備考
イベント参加や住宅利用の詳細は公式サイトをご確認ください。

© 2005 Reversible Destiny Foundation. Reproduced with permission of the Reversible Destiny Foundation.

八十雅世(やそ・まさよ)
八十雅世(やそ・まさよ)
情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー

早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。

TeleGraphic Weekly
ニューズレター(メルマガ)「TeleGraphic Weekly」の購読はこちらから(無料)
JA