杉山 央(森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室 )

テクノロジーが街や都市をエンターテイメントとアート体験の拠点にする 杉山 央(森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室 )
-5GMFミリ波普及推進ワークショップ/日本の産業技術最前線レポート

第3回に登壇したのは、IMAGICA EEXと森ビルの両社。IMAGICA EEX 代表取締役CEO兼CCOの諸石治之と、森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室の杉山 央氏が講演した。レポートの後編は、杉山氏による「テクノロジーとアー...

2024/04/02

Posted on 2024/04/02

街やイベントといったリアルの世界で実現されるアートに、5Gに代表される最新テクノロジーが関係を持つようになってきている。第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)は、2024年3月にミリ波普及推進ワークショップ「日本の産業技術最前線」の第3回を開催した。幅広く通信業界以外の方とも交流する場を持つことが狙いで、第3回に登壇したのは、IMAGICA EEXと森ビルの両社。IMAGICA EEX 代表取締役CEO兼CCOの諸石治之と、森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室の杉山 央氏が講演した。レポートの後編は、杉山氏による「テクノロジーとアートがつくる未来」の内容を報告する。

私は20年ほど街づくりの仕事をしてきました。森ビルに限らず新しいビルや街が続々とオープンしているのですが、テナントで街が出来上がっている以上、どうしてもそれらの街は似通ってしまいます。利便性のために、それは否定されることではありません。一方で、選ばれる街や施設を作るためには個性も必要です。その個性を作り出すためには誰がチャレンジしたらいいかを考えたところ、街全体でシナジーを作れる不動産デベロッパーが自らコンテンツを作るべきだとなり、森ビルに新領域事業部を5年前に立ち上げました。

杉山 央(森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室 )

2018年にお台場にチームラボと作ったデジタルアートミュージアムのチームラボボーダレスの企画責任者や、2023年に完成した虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEの責任者をしています。麻布台ヒルズにも新しい街がオープンしました。テナントに場所を貸すのではなくて、森ビル自らコンテンツを見出す仕事をしています。

今日は、クリエイティブ業界で起こっていることについてお話します。テクノロジーがすべての表現を支えている中で、いろんな変化が起こっているのです。私が携わっているプロジェクトを中心に3つ事例をご説明します。

都市そのものがコミュニケーションプラットフォームになる

1つ目が「チームラボボーダレス」(森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス)です。2年前までお台場にあった施設が、2024年2月9日に麻布台ヒルズに移転オープンしました。世界最大規模のデジタルで表現されたミュージアムです。お台場の事例では、1万平米の巨大な空間がすべてデジタルツインになっていました。同時に入場した数千人のお客様について、空間がすべて人の位置情報と動きを把握しています。それによってデジタルとリアルの境界がなくなった1つの世界を作っています。自由にデジタルの世界を歩き回る「地図のないミュージアム」であり、体験者と環境が一体となって景色を作り出しています。

2月9日にオープンした麻布台ヒルズのミュージアムの映像を紹介します。水の映像や岩山などもすべてデジタルデータで作り出して、作品は人と関係を持ちながらすべてリアルタイムに表現しています。空間に存在する数百名、数千人で世界を作るような作品です。お台場の例では、裏に巨大なコンピューターサーバーがあり、空間そのものと通信しながら、映像装置から人の動きや作品の動きまですべて演算しながら表現しています。

お台場時代には1年間で230万人が来場しました。これがどのぐらいすごいかというと、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の来場者が年間270万人と言われていますので、MoMAに匹敵する美術館ができたということです。海外からの来場者が約7割で、初年度に170カ国から来ていただきました。この美術館のために日本に来たという方も半数いらっしゃいました。その施設やその場所に行かないと得られない価値を、アーティストのアイデアとテクノロジーの組み合わせで作っている事例でした。

2つ目の事例が、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの45階から49階までに開設した「TOKYO NODE」です。音楽ホールや森美術館と匹敵するような巨大なイベントスペースがあり、屋上にはプールもあります。様々なアーティストが表現できるスペースを作っています。TOKYO NODEのNODEは、何かと何かを結びつける結節線という意味です。アート、エンターテインメント、サイエンス、テクノロジーといった従来のカテゴリー化されたものが、境界なく溶け合って新たなものをここから生み出し、発信していくという意味を込めました。空間や都市をクリエイターやアーティストに開放して、ここから新しいサービスやエンターテイメントやアート体験を生み出すプロジェクトの拠点です。

45階には1500平米の天井高がすごく高い美術館のスペースがあります。従来の美術館は絵を飾ることが中心の仕様でしたが、この美術館は天井裏にキャットウォークがあってライブコンサートのステージの上の舞台機構と同等の設備があります。また、天井高が11メートルある半円球のドーム型の壁もあり、包まれる体験やその世界に入り込める映像を提供できます。

46階にはユニークなメインホールがあります。一番の特徴はステージの背景が窓ガラスになっていて、東京を見下ろす空中のステージのようになっていることです。座席からも東京を見下ろせます。TOKYO NODEのコンテンツを遠方に届けるとき、象徴的な画作りとして東京の背景を用意しました。

屋上がある49階はインフィニティプールを作りました。東京の夜景を背景に実際に人が泳げるプールがあり、その脇にはガーデンがあって、レストランがあります。ここに来ないといけない価値をどう作るかと考えたときに、アイデアを持った人など多様な人を集めるためには非日常的な空間が必要ということにたどり着いたからです。

杉山 央(森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室 )

エンターテインメントを生み出す装置として都市のデータを開放

3つ目、これが最後のケーススタディです。TOKYO NODEの中で、TOKYO NODE LABOというチームを作って、様々な企業と得意分野を出し合いながら新しい体験を生み出そうという取り組みをしています。講演前半のIMAGICA EEXにも仲間として参加してもらっています。

ここでは、空間の中の人間の動きを立体で保存する「ボリュメトリックビデオスタジオ」を運営しています。森ビルとキヤノン、IBMとの共同事業です。ボリュメトリックビデオスタジオだけなく、虎ノ門ヒルズ全体の高精細なデジタルデータも開放しました。これにより、街のデータを使ったアプリケーションを作れます。ハッカソンを実施したところ、例えばAR(拡張現実)のゴルフゲームでは、スマートフォンでゴルフのスイングをすると、打った玉がAR上で歩道橋まで飛んで上に乗ったりするわけです。

なぜ、街を提供する森ビルが自分でスタジオを構えたかというと、都市そのものがエンターテインメントを生み出す装置になるべきだと考えたためです。そのためには表現者に表現しやすい環境を作らないと、クリエイターやアーティストが集まってこないんですね。ここでは最先端なスタジオをクリエイターやアーティストに開放しています。六本木ヒルズには解放できるデジタルデータがなくて、クリエイターに自分たちでスキャンするところから始めてもらいました。しかしそれでは、データを誰もが使える形になりません。

杉山 央(森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室 )

もっと開かれた場所にするためにはデジタルデータも開放するべきです。そして利用者も何かアイコンになった自分ではなくて、デジタルメトリックビデオで撮られた実際の身体データを使うことで表現の場所が広がります。例えば知覚過敏向けのアプリでは、眩しい照明の場所がマーキングされていて、ゴーグルを使って見ていくと眩しくないといったことができます。これも都市データを全部開放しているからできることです。

街全体がアートになる社会をテクノロジーがサポート

テクノロジーが表現の変化をもたらす中で、4つのキーワードを紹介したいと思います。「他人の物語/自分の物語」(ナラティブ)、「個人体験でありつつ集団体験でもある(共感)」、「その時にしかけいけんすることができない(LIVE感)」、「ストーリーが変化する(インタラクティブ)」です。

1つ目がナラティブ、自分の物語と他人の物語です。小説や映画は自分以外の主人公が活躍する物語を楽しみます。しかし今はテクノロジーが進化したことで、コンテンツが自分の物語になってきています。自分が物語の主人公になって、1人ひとりが違うストーリーに参加できるのです。

2つ目の個人体験でありつつ集団体験でもある共感性です。サッカーの観戦は自宅のテレビよりライブビューイングを大勢で見る方が楽しいでしょう。多くのお客さまが1つのコンテンツを同時に見る楽しさ、それが必要なのかなと思っています。TOKYO NODEの音楽ホールも338席しかありませんが、デジタルツインのメタバース上の観客席を用意していて、1万人でも2万人でも同時にコンテンツを楽しむ共感性が得られると考えています。

3つ目は、その時にしか経験することができないライブ感覚です。これは本当に一過性のものが価値あるということで、巻き戻しは効かないものです。デジタルでは表現しにくかったのですが、今はその時にしか生成できない技術で二度と現れないような映像や体験を作り出せるようになっています。

4つ目はストーリーが変化するインタラクティブ性です。これは自分がそのストーリーに関与しながら、自分だけのストーリーが生まれてくるものを想定しています。街を舞台にしたイマーシブシアターのようなものも計画しています。

チームラボーダレスはあくまで箱の中に閉じこもっていた世界ですけれどもその箱が取っ払って街全体が美術館になって、その中でアート作品が動いたりとか食べ物をしたり、ショッピングをしたりするような、それがテクノロジーを使ってできる社会みたいなものをこれからもアーティストとして研究していきたいなと思っています。

杉山 央(森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室 )
杉山 央
森ビル株式会社 TOKYO NODE 運営室

2018年「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」室長を経て、2023年に開業する文化発信施設「TOKYO NODE」の企画を担当。2025年大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちのあかし」計画統括ディレクター。

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