上田英樹氏

「自由な形状で回路設計ができるメトロサーク™(樹脂多層基板)の代表格「L-shape AiM」でミリ波の推進を加速する」 上田英樹(村田製作所)
—5GMFミリ波普及推進ワークショップ/日本の産業技術最前線レポート

第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)は、2023年12月にミリ波普及ワークショップ「日本の産業技術の最前線」の第1回を開催した。幅広く通信業界以外の方とも交流する場を持つことが狙いで、第1回は独自のエレクトロニクス技術で民生向け、医療...

2024/01/16

Posted on 2024/01/16

第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)は、2023年12月にミリ波普及ワークショップ「日本の産業技術の最前線」の第1回を開催した。幅広く通信業界以外の方とも交流する場を持つことが狙いで、第1回は独自のエレクトロニクス技術で民生向け、医療、FA、インフラなどのあらゆる分野でその価値を発揮する村田製作所が登壇。ミリ波事業推進部 部長の魚住智志氏と、プリンシパルリサーチャーの上田英樹氏が講演した。レポートの後編では、上田氏による「ミリ波技術による村田製作所の社会貢献」の内容を報告する。

ミリ波利用の課題を克服するアンテナ一体型モジュールの開発

ワークショップに登壇した村田製作所の上田氏は、「ミリ波の技術の部分にフォーカスを当ててお話をします。ミリ波を語る上で、5Gは欠かせない存在であり、この数年の5Gの商用化でミリ波の知名度が上がったと思います」と切り出した。ミリ波の周波数帯は、5Gに割り当てられている低い周波数帯のsub6に比べて、広い帯域幅を利用でき、非常にポテンシャルがある。「現状はまだあまり使われていないのですが、将来的に移動体通信のトラフィックが増加することで、ミリ波の利用が進んでいくでしょう」(上田氏)という位置づけにある。
一方で、「トラフィックの増加を待つだけでなく、ミリ波の有効性を積極的に活用するユースケースの創出がミリ波普及を加速させるために重要です」とも上田氏は述べている。

5Gでミリ波を利用するようになることで、移動体通信を実現する携帯端末の中で従来とどのような変化が生じるのだろう。村田製作所が関連する部品の側面から上田氏は、「アンテナアレー一体型モジュール(AiM)が使われる点が特徴的です」と説明する。sub6の場合は、無線通信に使用するRF(無線周波数)モジュールがマザーボードに搭載されていて、携帯端末メーカーがアンテナを設計して接続して電波を飛ばす。RFモジュールとアンテナの間には数cmの配線があり信号は減衰するが、sub6では大きな問題にならない。一方で、ミリ波では周波数が高くなるために減衰量が大きくなり、sub6と同様のアンテナ構成を採れない。そこで、「課題を解決するために、アンテナ一体型のAiMを開発しました」(上田氏)。

「AiMには複数のアンテナを並べたアンテナアレーと、RFモジュールのIC(RFIC)、コネクタをワンパッケージにした。これまでのsub6と同等程度のシステムの損失レベルで通信機能を実現でき、ミリ波の通信機能を携帯端末の中に入れられるようになりました」と上田氏は説明する。すなわち、sub6では携帯電話メーカーが実施していたアンテナ設計まで、モジュールベンダーの役割に含まれるようになり、ビジネスの仕方が変わってきたという。

上田英樹氏

村田製作所が提供するAiMには、様々な技術が用いられてさらに付加価値を高めている。その代表がL-shape AiMである。「村田製作所には、自由な形状で回路設計ができるメトロサーク™と呼ぶ樹脂多層基板があります。折り曲げたり、変形させたりできる特徴があり、1つの基板で90度異なる方向を向けたアンテナを実装できます」(上田氏)。通常のFlat-shape AiMと呼ぶ平板なプリント基板で2方向のアンテナを実装すると、部品やICなどがL-shape AiMに比べて2倍必要になる。「1つの部品やICで複数方向にアンテナを向けられるL-shape AiMの特徴を生かすことで、広いカバレッジと低コスト化、小型化を同時に実現できます」(上田氏)。すでにL-shape AiMは量産化されており、スマートフォンへの搭載が進んでいる。

飛ばないミリ波を狙ったところに届けるアンテナ技術

村田製作所がミリ波の活用に貢献するのは、AiMなどのモジュール技術だけではない。アンテナそのものにも卓越した技術を持っている。「ミリ波は飛ばないと言われますし、飛びにくいのは事実ですが、アンテナ技術を使うことで飛ばすことはできます。その1つが高利得化です」(上田氏)。電波を狙ったところに集中して出すビームフォーミングを行うことで、電波の到達距離を伸ばす技術である。アンテナの利得を上げるには、大きなアンテナを使うことが考えられるが、ミリ波の場合はアンテナを複数並べたアレー化によって実効的に大きな面積を用意することで利得を高める。

一方で、ビームフォーミングで高利得化を進めると、狙っていない部分への電波が弱くなってしまう。そこでカバレッジを広げるために「例えばビームの方向を変える、ビームの方向を変えられる範囲を広げるといった広カバレッジの技術が求められます」と上田氏は語る。ここで用いられる技術がフェーズドアレーになる。「アンテナを並べたアレーアンテナで、それぞれのアンテナの電波の出るタイミングを少しずつ変えることで斜めに電波を飛ばせるようになります。45度ぐらいの方向でも利得を高めることが可能です」(上田氏)。

上田英樹氏

しかし、村田製作所ではフェーズドアレーにもまだ課題があるとして技術開発を進める。ビームフォーミングやフェーズドアレーでも電波が飛びにくい方向に向けては、L-shape AiMやメトロサーク™の技術を用いて、アンテナを複数方向に向けたモジュールの開発を行っている。コンセプトモデルとして、正面と上下左右の5方向にアンテナを向けたAiMを試作したところ、空間の半分近くをカバーできることがわかった。「このアンテナを2つ使えば、ほぼ全部の方向をカバーできます。この形状のAiMを製品化するかは検討の余地がありますが、多面形状が作れるモジュールやアンテナの技術を持つ村田製作所ならではのもので、より高性能でカバレッジの広いモジュールを安価に提供するための基礎技術になっています」(上田氏)。

さらに、ミリ波を活用するためのアンテナ技術では、先を見据えた開発も進めている。「基板の中にアンテナを形成すると、なかなか高い特性が得られないという課題があります。これを解決するために、アンテナを基板の外に飛び出させるコンセプトで試作したものがあります。(ミリ波帯だが5Gとは異なる帯域の)60GHz帯で実証したところ、十分な利得と帯域が得られることが確認できました」(上田氏)。

この他にも、異なる周波数帯の電波を1つのモジュールで送受信するマルチバンド化を容易にするために、異なる周波数帯に対応したアンテナを基板の同じ領域に重ねて形成できる技術も開発した。上田氏はダメ押しするように「電波には偏波があり、縦方向と横方向の偏波を同時に信号として扱えます。ここに低い周波数、高い周波数の2つの周波数をマルチバンドで利用すれば、2つの偏波がそれぞれ掛け算で使えるので、同一の領域に4つのアンテナを同時に形成することができます。4つのアンテナがあるように見えている試作品には、実は16個のアンテナが実装されています。L-shape AiMも組み合わせれば32個のアンテナが実装できます」と、将来につながる技術開発の種を明かしてくれた。

上田英樹氏

高性能化と軽薄短小化の先に見据えるのは「ミリ波利用の環境貢献」

技術の先端について説明した上田氏は、村田製作所がミリ波に関連した分野で社会貢献することについて改めて語った。「ミリ波を使うと省エネが実現できます。条件にも依りますが、周波数が低いマイクロ波帯で広いエリアと多くの端末をカバーするよりも、ミリ波帯でビームフォーミングして特定の方向を狙ったほうが、全体としての送信電力が100分の1といったオーダーで抑えられるという報告があります」(上田氏)。

さらに、村田製作所の実証でも、ミリ波帯の60GHz帯の通信(WiGig®規格)と数GHzの低い周波数帯を使う通常のWi-Fi™との間で、スループット当たりの送信電力を計算すると、ミリ波帯のほうが半分ほどの電力で同じスループットを実現できる結果が得られている。ミリ波を利用することそのものが、社会貢献につながるという例である。

その上で、上田氏は村田製作所の強みとして「軽薄短小」を掲げる。「モノを小さく薄く作っていく技術は、当社の一番の強みだと考えています。製品の中で体積や場所を取らないことだけでなく、資源の有効活用を考えても軽薄短小は環境貢献につながりますし、低コスト化にも貢献します。特性を維持・向上させながら、モノを小さく薄く作ってお客様に喜んでいただく、そして環境にも優しく低消費電力を実現していくということが、社会的な貢献につながっていくと考えています」。

軽薄短小と高性能の実現を両立することは、容易ではない。そうした中でも村田製作所は「高速、大容量、低遅延といった特性だけではなくて低コスト化や環境負荷にも配慮したモノの開発を進めています。ミリ波の技術を開発しながら、社会の役に立つ技術革新を行っていきたいです」と上田氏が語るように、5Gやミリ波の分野でも技術開発の目指す先にある社会貢献を見据えている。

(5GMFミリ波普及推進アドホック・TeleGraphic 編集部)

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