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5Gミリ波の性能評価【後編】――屋外環境測定、5Gミリ波の課題と解決策

ミリ波の普及を図る上で、その高速大容量性や低遅延性の定量的な把握が重要になります。後編では、「5Gミリ波の屋外環境測定」「5Gミリ波の課題とその解決策」について見ていきます。...

2023/12/08

Posted on 2023/12/08

ミリ波の普及を図る上で、その高速大容量性や低遅延性の定量的な把握が重要になります。この記事では、5Gミリ波を用いた具体的な実験・測定結果として、ミリ波が屋内および屋外で非常に高いスループットおよび遅延性能を達成でき、屋内では見通し外であっても十分活用できることが示されていることを紹介します。この後編では、「5Gミリ波の屋外環境測定」「5Gミリ波の課題とその解決策」について見ていきます。(【前編】はこちら

5Gミリ波を用いた実験・測定結果として、ミリ波が屋外で非常に高いスループット及び遅延性能を達成でき、屋内では見通し外であっても十分活用できることが示されている。後編で紹介する「5Gミリ波の屋外環境測定」「5Gミリ波の課題とその解決策」のサマリは下記のとおりである。

【5Gミリ波の屋外環境測定】
屋外測定の紹介となる。屋外基地局が実際に設置されている東京のある場所でスループットの定点および移動測定を行った。その結果、屋外に設置された基地局は100m程度の範囲でミリ波通信可能なエリアを形成できていること、そして5Gミリ波のエリアが連続しておらず、5Gミリ波に常時接続できない場合であっても、移動中に変動するスループットの平均値はsub6を利用する場合と比べて大幅に改善できることが分かった。この結果は、ある程度エリアカバーが不完全な状況であっても5Gミリ波は高いユーザーメリットを提供できるということを示している。

【5Gミリ波の課題とその解決策】
見通し外環境のサポートという5Gミリ波の課題に関する取り組みを紹介する。中継器、RIS、そして誘電体導波路の応用といった研究開発の取り組みが行われていることを述べる。

5Gミリ波の屋外環境測定

ここでは屋外環境で測定された5Gミリ波の性能を示す。

●上りリンクスループットの屋外環境測定結果

Fig. 5-6に、2022年4月にシグナルズ・リサーチ・グループによって東京で実施された5Gミリ波の通信性能ベンチマーク調査結果[2]を紹介する。当該ベンチマーク調査においては、5Gミリ波をサポートする商用スマートフォンを用い、実際に事業者が設置した5Gミリ波基地局との間で通信を行って、そのスループットやRSRP・SINRを測定している。帯域幅は下りリンクは400MHz、上りリンクは200MHzを実施しており、この条件における5Gミリ波の最大スループットは下りリンクが約2.4Gbps超、上りリンクが400Mbps超となる(それぞれ2レイヤMIMOかつ64QAM変調)。

<定点測定>
新橋駅すぐそばにおいてスループットの定点測定を行った結果、下りリンクで2Gbps、上りリンクで300Mbpsを超えるスループット測定を記録した。このとき端末と5Gミリ波基地局の距離は115m程度であることを確認しており、ミリ波では100m程度の距離がある場合でも高いスループットを達成できることがわかった。

実際にはスループットは場所により大きく変わってくる。上りリンクに着目し、新橋駅周辺(新橋駅銀座口から最大400mほどの範囲)において5Gミリ波のスループットを定点測定した結果は下記の通りとなった。このエリアでは4つのミリ波基地局が設置されているが、それぞれが異なるエリアをカバーすることにより、広い範囲で150Mbpsを超えるスループットを達成できていることが確認できる。一部通信環境の良好な地点においては、上りリンクスループットが250Mbpsを超えるケースもあった。

Fig. 5-6 屋外における5Gミリ波上りリンクスループット定点測定

<移動測定>
シグナルズ・リサーチ・グループ社では、東京駅周辺において徒歩で移動した場合の平均の上りリンクスループットも測定している。Fig. 5-7において一番右のグラフは移動局の5Gミリ波をオフにした場合、中央は移動局の5Gミリ波をオンにした場合の平均スループットである。

移動局の5Gミリ波をオンにした場合であっても常時ミリ波で通信が可能なわけではなく、移動中には見通し環境や基地局からの距離などが変化することから、ミリ波による通信が行われる区間と行われない区間が存在する。中央のグラフは、このように5Gミリ波が常時使われない中での平均スループットを示す。一番左のグラフは、移動局の5Gミリ波がオンであり、かつ5Gミリ波による通信が行われた区間のみのスループットを平均化した値である。なお、5Gミリ波をオフにした場合や5Gミリ波による通信が行われない区間では、代わりに5G sub6周波数(周波数バンドn78)を用いて通信を行っている。

Fig. 5-7 屋外における5Gミリ波上りリンクスループット移動測定

これらの結果より、5Gミリ波は上りリンクの移動平均スループットを大きく改善できることが分かる。前述のように中央のグラフの測定では、5Gミリ波を常時利用できているわけではない。それでも5G sub6周波数帯のみを用いた場合に比べ、平均で3倍もの上りリンクスループットを達成できることが分かる。5Gミリ波は直進性や減衰の特徴からエリア展開が難しいと言われることがあるが、今回の測定結果はある程度エリアカバーが不完全な状況であっても高いユーザーメリットが得られるということを示している。今後さらに5Gミリ波の展開が進み、ほぼ常時5Gミリ波での通信が可能な状況になれば、さらにスループットを改善可能であることが一番左のグラフから確認できる。

一方で、ほぼ常時5Gミリ波での通信を可能とするためには、基地局からの見通し外となる場所のエリア化を行っていかなければならない。次節では、このような技術をいくつか紹介する。

●下りリンクスループット及び遅延の屋外環境測定結果

次に、5Gミリ波商用ネットワークの屋外環境での下りリンクおよび遅延の測定結果を紹介する。測定は2022年11月に東京都渋谷区にて実際の商用端末を用いて行った。スループットおよび遅延は屋外を徒歩で移動しながらOokla® Speedtest® アプリ[3]を使用して測定した。測定によって得られたスループットと遅延の結果をFig.5-7およびFig.5-8に示す。比較のため、Sub6を用いた場合、LTEを用いた場合のスループット及び遅延の測定結果も示している。

Fig. 5-8より、ミリ波を用いることで下りリンクスループットは最大で約2Gbps、平均でも約1Gbpsを達成できており、概ねSub6と比べて4倍程度、LTEと比べて10倍程度のスループットが得られていることが分かる。また、Fig. 5-9より、ミリ波を用いた場合にはPingの遅延はほぼ15ms程度となり、Sub6やLTEと比べて1/3倍程度の遅延となったことが分かる。

Fig. 5-8  屋外における5Gミリ波下りリンクスループット移動測定

Fig. 5-9 屋外における5Gミリ波下りリンク遅延移動測定

なお本測定にあたって、ミリ波基地局がどの程度のエリアをカバーしているのかという観点でも調査を行った。具体的には通信事業者のエリアマップからミリ波基地局の設置場所を推定し、上記ミリ波のスループット・遅延の測定ポイントまでの距離を記録した。その結果、ミリ波基地局がカバーしている距離は多くの場合少なくとも100 – 150m程度、見通しの良い道路・路地では200 – 250m程度であることが確認できた。

5Gミリ波の課題とその解決策

ミリ波は電波の直進性が強く、その振る舞いが光に近くなり、遮蔽物の陰への回り込みが小さくなる。したがって前節で述べたように、基地局から見通し外となる場所のエリア化が課題となる。このようなエリアに対して、基地局を多数設置することも考えられるが、経済的でなく、より効率的なエリア化技術が求められる。そこで、中継局や反射板、さらにはメタサーフェスにより環境に応じて電波の伝搬経路を新たに構築する技術や遮蔽物を高周波数用伝送路で回避するなどの技術を組み合わせることで見通し外となる場所のエリア化を行う新たな無線ネットワークトポロジーが検討されている[4]。

●中継器

中継局は電波の中継を行う無線装置で、遮蔽物の影響により弱くなった基地局からの電波を増幅して再放射することで、エリアを拡張する。例えば、基地局と接続するドナーユニットと端末と接続するサービスユニットで構成され、これらは同軸ケーブルで接続される。ドナーユニットを基地局方向,サービスユニットをエリア構築したい方向に設置することで,エリアを構築できる。

また,アンテナはビームフォーミングアンテナを採用し,設置後も水平面・垂直面のビーム幅およびビーム方向を変更できるため,必要に応じて柔軟なエリア構築が可能となる。信号帯域幅100 MHzの4波(400 MHz帯域幅)で+37dBm(5W)の出力が得られている。また、64 素子のアレーアンテナを搭載し,水平面・垂直面内指向性ともに,3dB ビーム幅は 15~80°,ビームステアリング範囲は±30°となることが報告されている[5-6]。

●メタマテリアル/メタサーフェス応用

ミリ波帯における見通し外エリア化に対して、電波伝搬を周辺環境などに応じて適用的または動的に制御することが検討されている。電波伝搬を制御する具体的な技術の一つにRIS(Reconfigurable Intelligent Surface)がある。RISではメタマテリアル、メタサーフェスといった要素技術が利用される。これらは、電磁波を散乱する多数の素子で構成され、散乱特性分布を設計および制御ができる。

また、メタサーフェスはシート形状で製作できるため、構造物の形状に合わせて設置できる。RISにより反射位相分布を制御すれば、反射波の伝搬を制御し、例えば受信電力を最大化できる。透明動的メタサーフェスではメタサーフェス基板を透明化したものに透明なガラス基板を重ね、ガラス基板を微動させることで、入射電波を通過するモード、電波の一部を透過し、一部を反射するモード、全ての電波を反射するモードの3パターンを動的に制御できる。

実証実験では、透過モードで透過率約-1.4 dB以上、反射モードで透過率-10 dB以下の性能を達成している[7]。また、透明メタサーフェスレンズは窓ガラスに貼付け可能なフィルム形状で、窓ガラスを通る電波を屋内の特定の場所(以下、焦点)に集めることができる。そのため、焦点にレピータや反射板を置くことで、建物内のエリア化が可能となる。実証実験では、焦点における受信電力が通常の透過ガラスを用いた場合に対して24 dB以上向上することが確認されている[7]。

●誘電体導波路応用

電波遮蔽物が移動する場合の想定も必要となる。例えば生産ライン変更に伴う製造機器のレイアウト変更などが該当する。これらによる伝搬環境の変動に対して、迅速にかつ経済的に見通し通信環境を提供する方法として誘電体導波路の応用が検討されている。誘電体導波路は高周波数帯用の伝送線路として使用され、これを伝搬させることで、遮蔽物を迂回し、電波放射を行うことで見通し外のエリア化する。また、誘電体導波路の一部から電波を放射させ、放射電波により周囲に放射された電波により周囲を通信エリア化する。これまで導波路からの電波の放射原理、すなわち導波路のアンテナ応用に関しては導波路を屈曲させ、屈曲部より電波を放射させる方法と、導波路を別の誘電体を接触させることで別の誘電体部より電波を放射させる方法が検討されている[8]。

参考文献

  1. ‘Mobile mmWave Is Here – and Indoor Deployment Opportunities Abound,’ Published by Fierce Wireless, presented by Qualcomm
    https://www.qualcomm.com/content/dam/qcomm-martech/dm-assets/documents/fierce_ebrief_-_mobile_mmwave_is_here_-_and_indoor_deployment_opportunities_abound_smaller.pdf
  2. 5Gミリ波は東京において良好に動作していた,’ SIGNALS Research Group, June 2022.
    https://www.qualcomm.com/content/dam/qcomm-martech/dm-assets/documents/SRG-Japan-5G-mmWave-Whitepaper.pdf
  3. https://www.speedtest.net/apps
  4. “5Gの高度化と6G,”NTTドコモ ホワイトペーパー, 5.0版,
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/whitepaper_6g/DOCOMO_6G_White_PaperJP_20221116.pdf
  5. 5G対応RFレピータの開発, 電興技報, No. 53, 2021
  6. https://denkikogyo.co.jp/elec/product/mobile/l5g/
  7. “5G evolution & 6Gに向けた透明RIS技術の研究, “ NTT DCOMOテクニカル・ジャーナル,  Vol. 29, No.3, Oct 2021.
  8. “つまむアンテナ -誘電体導波路のアンテナ応用, “ NTT DCOMOテクニカル・ジャーナル,  Vol. 29, No.3, Oct 2021.

この記事の内容は、5GMFが2023年3月31日に公開した5GMF白書「ミリ波普及による5Gの高度化 第1.0版」を基にして、抜粋・編集しています。白書は7月3日に第2.0版にアップデートされました。全文をご覧になりたい場合は5GMFのWebサイトからダウンロードしてください

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