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5Gミリ波の性能評価【前編】――スループットと遅延性能、屋内環境測定

ミリ波の普及を図る上で、その高速大容量性や低遅延性の定量的な把握が重要になります。この記事では、5Gミリ波を用いた具体的な実験・測定結果として、ミリ波が屋内および屋外で非常に高いスループットおよび遅延性能を達成でき、...

2023/12/07

Posted on 2023/12/07

ミリ波の普及を図る上で、その高速大容量性や低遅延性の定量的な把握が重要になります。この記事では、5Gミリ波を用いた具体的な実験・測定結果として、ミリ波が屋内および屋外で非常に高いスループットおよび遅延性能を達成でき、屋内では見通し外であっても十分活用できることが示されていることを紹介します。この前編では、「5Gミリ波のスループットと遅延性能の測定」「5Gミリ波の屋内環境測定」について見ていきます。(【後編】はこちら

5Gミリ波を用いた実験・測定結果として、ミリ波が屋外で非常に高いスループット及び遅延性能を達成でき、屋内では見通し外であっても十分活用できることが示されている。前編で紹介する「5Gミリ波のスループットと遅延性能の測定」「5Gミリ波の屋内環境測定」のサマリは下記のとおりである。

【5Gミリ波のスループットと遅延性能の測定(一対一通信・理想環境)】
見通しかつ遮蔽・反射がない電波案箱環境で受信電力を変化させ、一対一通信のスループットと遅延を測定した。その結果、低次の変調方式を使わざるを得ないような低い受信電力の環境であっても1Gbps以上のスループットを得ることができ、かつ7ms以下のPing RTTを維持できることが分かった。この結果は、5Gミリ波が幅広い高速通信・低遅延サービスに適することを示している。

【5Gミリ波の屋内環境測定】
実際の屋内施設に5Gミリ波の基地局を設置し、移動局の場所を様々に変えてそのスループットを測定した。その結果、基地局近傍で高いスループットを得られるのはもちろん、柱による遮蔽が存在する場所であっても基地局近傍と大きく変わらないスループットを達成できることが分かった。この結果は、5Gミリ波がある程度の遮蔽や基地局と端末間の距離が避けられない現実の屋内環境においても広い範囲で高いスループットが得られることを示している。

5Gミリ波のスループットと遅延性能測定(一対一通信・理想環境)

実際に市販されているミリ波対応の端末と5Gミリ波対応の疑似基地局を使用して、1対1通信の理想的な環境でのパフォーマンスを測定した。Fig. 5-1に今回使用した市販ミリ波端末の性能評価例を示す。ミリ波対応の疑似基地局はKeysight E7515B、ミリ波対応端末はSHARP AQUOS R7 (Qualcomm Snapdragon 8 Gen 1 搭載)を使用した。疑似基地局と端末は、バンド1(2.1GHz帯)のLTEアンカーと、バンドn257(28GHz帯)のミリ波NRキャリア(100 MHz x 4ccの合計400 MHz)を用いて通信を行うものとした。端末と疑似基地局のミリ波送受信アンテナは電波暗箱の中に収容されており、ミリ波の伝搬距離は1.5 m程度である。経路損失や端末の受信電力などの各種条件は、疑似基地局のダウンリンクパワーを変更することで変更可能である。また、伝搬環境は、遮蔽物や反射波がほとんど存在しないクリーンな見通し環境(LOS環境)である。

Fig. 5-1 市販ミリ波端末の性能評価例 (Keysight提供)

●下りリンクスループット評価

ミリ波キャリアの変調符号化方式(MCS:Modulation and coding scheme)をそれぞれ256QAM, 64QAM, 16QAM, QPSKに固定した状態で、疑似基地局のダウンリンクパワーを変更した際のNR物理層スループットをFig. 5-2に示す。NSA構成であるが、スループット測定値にLTEアンカー側のスループットは含まれない。受信パワー(RSRP)が十分に大きい状態においては、256QAMで3 Gbpsを超えるスループットが測定された。また、RSRPが-80 dBm程度以上であれば、256QAMであってもほぼエラーフリーの伝送が実現できている。RSRPを-110 dBm程度まで下げても16QAMではエラーフリー伝送が出来ており、1 Gbps以上のスループットを安定して得ることが出来る。ミリ波では使用可能な周波数帯域が400 MHzと広いため、低次の変調であっても高速な通信環境を提供できることがわかる。

Fig. 5-2 5Gミリ波の端末受信スループット

●5Gミリ波の遅延性能

ミリ波疑似基地局の変調方式(MCS)をダウンリンクのブロック誤り率が約10%になるような適応制御(リンクアダプテーション)を実施した際のNR物理層スループットと、Pingパケットによる往復遅延量(Round Trip Time: RTT)をFig. 5-3に示す。ダウンリンクパワーを下げると、適応制御により変調方式が自動で変化するため、平均スループットがピークから次第に減少する。前節での結果と同じく、RSRPが-110 dBm程度までは1 Gbps以上のスループットを維持することが可能であった。強電界時はPing RTT値は5.0~5.5 msであったが、RSRPが低下してもRTT値の増加は15%以下にとどまっており、今回実験したRSRP範囲では一貫して6.5 ms以下のRTT値となった。ミリ波システムはサブキャリア間隔が広く1スロットあたりの時間が短いこと、ミリ波ではTDDパターンの上下リンク切り替え周期が極めて短いことなどの恩恵により、通信環境によらず本質的に低遅延通信を実現することが出来る。

Fig. 5-3 5Gミリ波の端末受信スループットとラウンドトリップ遅延

上記の結果から、ミリ波システムは様々なユースケースに対応できる低遅延・高スループット環境提供することが可能で、既に市販されているミリ波対応端末が十分なパフォーマンスを有していることがわかる。また、実測データは高いピークスループットを提供できるというミリ波システムの利点に加えて、低遅延環境を安定して提供することが出来ることも示している。これは、安定した低遅延環境が必要であるが、ピークスループットを必ずしも必要としないアプリケーション(中程度のスループットで、かつ応答性が要求されるオンラインゲームなど)にもミリ波ネットワークを活用できることを示唆している。

5Gミリ波の屋内環境測定

本節では屋内環境で測定された5Gミリ波の性能評価結果を示す。Fig. 5-4にある10m x 20mの室内の一角に5Gミリ波基地局を設置し、室内の様々な場所(ポイントA~F)で下りリンクのスループットを測定した。バンドn257(28GHz帯)のミリ波NRキャリア(100 MHz x 4ccの合計400 MHz)において2レイヤMIMOかつ64QAM変調を利用するものとし、TDD運用はDL:UL比率 = 4:1、基地局の送信電力は32dBmとした。各ポイントにおいて測定された5秒間の平均スループットは次のようになった。

ポイントA:1666.54Mbps
ポイントB:1586.91Mbps
ポイントC:1851.24Mbps
ポイントD:1842.28Mbps
ポイントE:1602.87Mbps
ポイントF:1643.85Mbps

Fig. 5-4 5Gミリ波スループットの屋内測定

基地局近傍(ポイントC/D)では遮蔽や減衰がないため、高いスループット(本測定条件・環境においては1.8Gbps超)が得られる。ポイントA/B/E/Fは基地局から距離があり、さらに部屋の中央付近に柱が存在するため、ポイントC/Dと比べると一定の遮蔽・減衰の影響を受ける。しかしそれでも、1.5Gbpsを超えるスループットをすべてのポイントにおいて達成できることが確認できる。本測定結果は、ある程度の遮蔽や基地局と端末間の距離が避けられない現実の屋内環境においても、見通し外を含む広い範囲で高いスループットが得られることを示している。

屋外の基地局から電波が浸透しにくく、比較的規模の大きい空港やオフィスビル、商業施設においては、現在DAS(Distributed Antenna System)と呼ばれるLTE・5G基地局や屋内無線LANアクセスポイントを屋内に設置し通信サービスを提供することが多い。[1]では、このようなDAS基地局や無線LANアクセスポイントに併設する5Gミリ波基地局を設置することで、その屋内施設を広くカバーできることを示す測定結果を提供している。

一例として、Fig. 5-5に空港コンコースの屋内基地局または無線LANアクセスポイントに5Gミリ波基地局を併設した場合の5Gミリ波の基地局からの伝搬損(MPL:Maximum path-loss)を可視化した図を掲載する[1]。各5Gミリ波局は偏波ごとに128アンテナ素子を備え、16の水平ビームを形成できるものとしている。ほぼ全域(99.7%のエリア)においてMPLが115dB以下となることが確認できる。[1]における条件では、この場合99.7%のエリアで数Gbpsのスループットが得られるとしている。さらに[1]では、空港コンコースの他コンベンションセンター、地下鉄プラットフォーム、オフィス、そしてショッピングストアにおける同様の測定結果も示している。

施設内にDASや無線LANが整備されている場合、新たに5Gミリ波の屋内基地局を別途整備するのは困難な場合があるものの、[1]の報告は、5Gミリ波の屋内基地局を既存の屋内ネットワークに併設することができれば、大規模施設であっても広く5Gミリ波サービスを提供できることを示している。

Fig. 5-5 空港における5Gミリ波基地局の設置例および伝搬損測定結果

参考文献

  1. ‘Mobile mmWave Is Here – and Indoor Deployment Opportunities Abound,’ Published by Fierce Wireless, presented by Qualcomm
    https://www.qualcomm.com/content/dam/qcomm-martech/dm-assets/documents/fierce_ebrief_-_mobile_mmwave_is_here_-_and_indoor_deployment_opportunities_abound_smaller.pdf
  2. 5Gミリ波は東京において良好に動作していた,’ SIGNALS Research Group, June 2022.
    https://www.qualcomm.com/content/dam/qcomm-martech/dm-assets/documents/SRG-Japan-5G-mmWave-Whitepaper.pdf
  3. https://www.speedtest.net/apps
  4. “5Gの高度化と6G,”NTTドコモ ホワイトペーパー, 5.0版,
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/whitepaper_6g/DOCOMO_6G_White_PaperJP_20221116.pdf
  5. 5G対応RFレピータの開発, 電興技報, No. 53, 2021
  6. https://denkikogyo.co.jp/elec/product/mobile/l5g/
  7. “5G evolution & 6Gに向けた透明RIS技術の研究, “ NTT DCOMOテクニカル・ジャーナル,  Vol. 29, No.3, Oct 2021.
  8. “つまむアンテナ -誘電体導波路のアンテナ応用, “ NTT DCOMOテクニカル・ジャーナル,  Vol. 29, No.3, Oct 2021.

この記事の内容は、5GMFが2023年3月31日に公開した5GMF白書「ミリ波普及による5Gの高度化 第1.0版」を基にして、抜粋・編集しています。白書は7月3日に第2.0版にアップデートされました。全文をご覧になりたい場合は5GMFのWebサイトからダウンロードしてください

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