ミリ波の利用拡大に有効な技術【後編】――デバイス技術、インフラシェアリングほか

後編では、「ミリ波デバイス技術」「インフラシェアリング」「ミリ波キャリアアグリゲーション(CA)」「sub6+ミリ波デュアルコネクティビティ(DC)」「High-Power UE(HPUE)」の5つについて見ていきます。...

2023/12/06

Posted on 2023/12/06

この記事では、5Gでミリ波利用が拡大するための「課題」で紹介したミリ波普及の課題を解決するために有効と考えられる技術や、3GPP等の標準化において仕様化または仕様化が検討されているミリ波に関連した技術について網羅的に紹介します。8つのミリ波技術のうち、後編では、「ミリ波デバイス技術」「インフラシェアリング」「ミリ波キャリアアグリゲーション(CA)」「sub6+ミリ波デュアルコネクティビティ(DC)」「High-Power UE(HPUE)」の5つについて見ていきます。(【前編】はこちら

ミリ波の普及にはまだ課題が横たわっている。これらを解決するために、いくつかの技術が有効と考えられている。課題解決に有効と考えられる技術や、3GPP等の標準化において仕様化または仕様化が検討されているミリ波に関連した技術について、その概要を紹介する。

Fig. 4-1に、改めて本章で紹介する8つのミリ波技術とそれぞれの技術が解決する課題について整理する。

Fig. 4-1 ミリ波技術と解決する課題

ミリ波デバイス技術

ミリ波において増幅器の出力や効率が低くなる課題を解決するデバイス関連技術について考察する。Fig. 4-5は、各種デバイス材料における周波数と増幅器出力の関係を示している。図から分かるように、周波数が高くなるほど増幅器の出力は低下する傾向にあり、28GHz帯以上の高周波になると、CMOSやSiGeを材料とした増幅器の出力が大きく低下する。デバイス材料にGaNを使うことでミリ波でも高出力化を図ることができるが、CMOSと比べるとGaNはコストが高いため、現状のミリ波基地局では、多素子アレーアンテナとCMOSまたはSiGeを材料とした増幅器の組み合わせが用いられている。したがって、将来GaNのコストが下がれば、高出力の増幅器を用いることで、多素子アレーアンテナ以外の様々な構成のミリ波基地局を実現することが可能になる。

次に、周波数が高くなるほど増幅器の効率が低下する課題について考察する。sub6ではDohertyアンプに DPD(Digital Pre-Distortion)を適用することで増幅器の効率を大幅に改善しているが、ミリ波ではACLR(隣接チャネル漏洩電力)の規定が緩いこともあり、DPDは一般的に使われていない。但し、信号の歪を補償することで、EMV(Error Vector Magnitude)を減少させ256QAMの伝送を可能にしたり、バックオフを小さくして増幅器の効率を改善したりするなど、ミリ波にもDPDを適用する利点は十分にある。多素子アンテナを用いるミリ波基地局では、多数の増幅器からの広帯域信号を多数の高速ADCを用いてフィードバックする必要があるため、DPDの回路規模および消費電力が増大してしまう。そこで、ミリ波のACLR規定が緩いことを利用して、フィードバックに使用する高速ADCの数を減らすことでDPDの回路規模を大幅に削減する技術が検討されている[13]。

Fig. 4-5 周波数と増幅器出力の関係

インフラシェアリング

ミリ波はカバレッジが狭いため、面的にエリアを構築するためには、非常に多くの基地局を設置する必要がある。そのため、基地局の装置コストや設置コストを低く抑えることが重要な課題となる。インフラシェアリングはこれらの課題を解決する有効な手段の一つと考えられる[14]。

Fig. 4-6に示すように、インフラシェアリングには、鉄塔などの設置場所を共用するサイトシェアリングや、アンテナ設備を共用するアンテナシェアリング、RUシェアリングや基地局シェアリングなど様々な形態がある[15]。

Fig. 4-6 インフラシェアリング方式の比較

ローミングやMVNO(Mobile Virtual Network Operator)と言った他の通信事業者の基地局およびネットワーク設備を利用する形態のインフラシェアリングは既に行われている。sub6などの低い周波数では、基地局無線部(増幅器)とアンテナをRFポート経由で分離したタイプの基地局が多いため、アンテナシェアリングの実現は比較的容易である。一方、ミリ波は伝送路損失が大きいため、増幅器とアンテナ間の伝送距離が長くなるアンテナシェアリングは適さない。特にカバレッジ確保を必要とする屋外などでは、基地局あるいは基地局無線部を共用する形態のシェアリングがミリ波には適しており、その実用化が検討されている[15]。また、広い帯域幅を確保できるミリ波などの高周波数帯において、アナログRoF(Radio-over-Fiber)を用いて無線基地局の信号処理機能を集約局に集約し、アンテナおよび増幅器からなる張出局を複数の無線システムで共用する基地局構成の検討が行われている[16]。これにより、張出局の小型化・低消費電力化による設置性や経済性の向上が可能になる。

ミリ波キャリアアグリゲーション(CA)

一般にミリ波ではsub6と比較して広い帯域幅を利用して通信することができる。例えば日本で利用可能な28GHz帯では、5G事業者当たり400MHzが割り当てられており、ローカル5Gでは最大900MHzの連続周波数を利用可能である。多くの場合、このような広帯域を1キャリアとして扱うのではなく、帯域幅100MHz等のキャリアを複数束ねて通信するキャリアアグリゲーション(CA)の形態を適用する[9]。CAでは通信に利用するキャリア数を柔軟かつ適応的に変えることができる。なお、CAでは下りリンクと上りリンクで異なるキャリア数を利用することも可能である(Fig. 4-7)。例えば、所要スループット等に基づいてキャリア数を制御することで、移動局の電力消費を抑えることができる。ミリ波CAは28GHz帯を含むすべての5Gミリ波周波数帯において3GPPで標準化されており、ミリ波の運用では必須技術となっている。

Fig. 4-7 ミリ波キャリアアグリゲーション(CA)

sub6+ミリ波デュアルコネクティビティ(DC)

5Gでは、ミリ波の通信を行う際にsub6のキャリアをアンカーキャリアとして利用し、sub6とミリ波の同時通信で5Gサービスを提供するsub6 +ミリ波デュアルコネクティビティ(DC)を利用できる[9, 17]。sub6+ミリ波DCでは、sub6とミリ波の両方の通信を同時に利用することができるため、ミリ波単一で利用する場合と比べて高いスループットを達成できる。また、ミリ波では連続するカバレッジがないエリアやミリ波通信が安定しない場合であってもsub6の周波数で接続を維持することができるため、ミリ波による無線リンク障害(Radio link failure)の発生を防止できる。

sub6+ミリ波DCにおいて、sub6を5GキャリアではなくLTEキャリアとした無線アクセス形態は、NSA(Non-Standalone)と呼ばれ、特に5Gの初期展開で、早期運用のため必須技術となった(Fig. 4-8)。sub6+ミリ波DC(NSA含む)は各国・事業者の様々な周波数の組み合わせで実施できるよう3GPPで標準化が行われており[18]、現在広く利用されている技術である。

Fig. 4-8 LTE-NR Dual Connectivity接続イメージ

High-Power UE(HPUE)

ミリ波およびsub6では、人体防護や無線共用など様々な観点に基づいて定義された移動局の最大出力が存在する。一般に移動局の最大出力は基地局の最大出力よりも小さいことが多く、下りリンクと上りリンクのカバレッジ・アンバランスが課題となる。これを解決するため、HPUE(High-Power User Equipment)と呼ばれる高出力の移動局が標準化されている[19]。HPUEは基地局による制御の下、人体防護等で問題が生じない範囲で高出力化を行い、上りリンクのカバレッジを改善することができる。ミリ波では複数種類のHPUEが標準化されているが、例えばPower Class 1と呼ばれるHPUEは固定無線用の移動局の仕様であり、最大EIRPとして55dBmを出力可能である。Power Class 1のミリ波HPUEは、米国向けには製品化もされている。

Fig. 4-9 高出力端末(HPUE)の導入 [20]

参考文献

  1. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.23, No.4, PP.30-39, Jan. 2016.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol23_4/vol23_4_005jp.pdf
  2. Fujitsu, “RU Technologies,” PP.4, 2023.
    https://www.fujitsu.com/global/imagesgig5/RU-Technologies.pdf
  3. K. Nishimori, et. al., “On the Transmission Method for Short-Range MIMO Communication,” IEEE Trans. Vehicular Tech., 2011.
  4. M. Palaiologos, M. H. C. Garcia, R. A. Stirling-Gallacher and G. Caire, “Design of Robust LoS MIMO Systems with UCAs,” 2021 IEEE 94th Vehicular Technology Conference (VTC2021-Fall), Norman, OK, USA, 2021, pp. 1-5.
  5. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.15, No.1, PP.55-59, Apr. 2007.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol15_1/vol15_1_055jp.pdf
  6. NEC, “ミリ波周波数帯に分散MIMOを適用し、実際のオフィス環境下で3倍の同時接続数・伝送容量を実現,” , Jan. 2021.
    https://jpn.nec.com/press/202101/20210125_01.html
  7. KDDI総合研究所, “世界初 お客さま一人ひとりのニーズに応えるBeyond 5Gに向けた無線ネットワーク展開技術の実証に成功,” , Oct. 2021.
    https://www.kddi-research.jp/newsrelease/2021/100701.html
  8. NTT/ドコモ/NEC, “世界初、28GHz帯で遮蔽を気にせず繋がり続ける分散MIMOの実証実験に成功,” , Oct. 2022.
    https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/10/31/221031a.html
  9. 3GPP TS 38.300, v17.3.0
  10. 電気興業, “レピータ、メタマテリアル反射板(28GHz帯),”
    https://denkikogyo.co.jp/elec/product/mobile/l5g/
  11. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.29, No.2, PP.15-39, July. 2021.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol29_2/vol29_2_004jp.pdf
  12. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.29, No.2, PP.7-12, July. 2021.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol29_3/vol29_3_003jp.pdf
  13. T. Ota, et.al., “An Experimental Study on Multibeam Digital Predistorter with Intercarrier Interference Suppression,” in Proc. IEEE VTC2022-Fall, 2022.
  14. 東京電力パワーグリッド, “将来の5G基地局の在り方に向けた意見交換会公開用最終取り纏め資料,” Feb. 2022.
    https://www.tepco.co.jp/pg/company/press-information/information/2022/pdf/220204a.pdf
  15. JTOWER, “JTOWERとFoxconn、5Gミリ波対応 共用無線機の開発に関する契約を締結,” Apr. 2022.
    https://www.jtower.co.jp/2022/14516/
  16. NTT, “アナログRoFを活用した多様な高周波数帯無線システムの効率的収容,” , Mar. 2020.
    https://www.rd.ntt/research/JN20200315_h.html
  17. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.28, No.2, PP.24-38, July 2020.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol28_2/vol28_2_005jp.pdf
  18. 3GPP TS 38.101-3, v17.8.0
  19. 3GPP TS 38.101-2, v17.8.0
  20. 情報通信審議会 情報通信技術分科会 新世代モバイル通信システム委員会(第25回), 資料25-2「5G等の利用拡大に向けた中継局及び高出力端末等の技術的条件」

この記事の内容は、5GMFが2023年3月31日に公開した5GMF白書「ミリ波普及による5Gの高度化 第1.0版」を基にして、抜粋・編集しています。白書は7月3日に第2.0版にアップデートされました。全文をご覧になりたい場合は5GMFのWebサイトからダウンロードしてください

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